世界という大きな「生命」。 | フラジールに蕩れ。

世界という大きな「生命」。

2016.10.17.Mon.20:52
こんばんは。



最近、この宇宙を含む世界が大きな生命体に思えて仕方ありません。

ひしひしと感じていた、この世界の大いなる意思のようなもの。



私たちは、世界を維持するため?に、存在している気がしてなりません。オカルトな話だけど。

私達が運命とよんでいるもの、それはDNAによって刻み込まれた体内のプログラムなのではないだろうか、と。


もちろん、個々に知性があり、各々自由に行動を選んでいるような錯覚に陥っているかもしれませんが・・・。
いや、実際に自由に選んではいるんですが、その自由意志も含めて、初めからそういう「自由な選択による決行」を点線に沿ってなぞっているのです。

ではなぜ、私達などの動物や植物が住まうような地球が必要だったのか、これはまた未知の領域ですね。意味があるのかもしれません。まだ観測できていないなにかのパラメーターが、存在することによって変動しているのかも。



私が、こうして呼吸をしたり、動いたり、パソコンでキーボードを打っていることも、なにか必要なことにつながる「循環」の意味をなしているのかもしれない。なしていないのかもしれない。

真実は、そんなの大した妄想と憶測ですねっていう感じなのかも。



なんにせよ、私からすれば、本当に得体の知れない世界だ。

よくもまぁ、みんな平気な顔で過ごしていられるなぁと、思うのです。



私はもう、結構限界かも。


関連記事
スポンサーサイト
にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
コメント

管理者にだけ表示を許可する