神はサイコロを振らない。 | フラジールに蕩れ。

神はサイコロを振らない。

2015.10.02.Fri.19:49
こんばんは。




今日はアマゾンの支払いがてら、図書館で過ごしていました。



Amazonで何を買ったのかと言うと、3TBの外付けHDDと単4のエネループです。


写真がそろそろHDDを圧迫してきたので、そろそろということで購入しました。

いまや、3テラでも1万円くらいで買えちゃうのですねぇ。
本当にすごい速さで世の中は進化していきます。




単四のエネループはカメラ機材関係で使うことが増えてきており、また今後も増えると予想しているので。
早いうちに買っておいた方が得だと思いまして。

基本的に値段が恒常化した後は、使い捨てでなければ早めに買っておいた方がいいですね。
早いうちから余計な出費を抑え、また早くから便利になる。そして買い替えも早く、もっと高性能で安い製品に鞍替えできる。というローテーションで。

という感じに、基本的にはそういう能率を考えて物は買ってます。








図書館では、今日はゲノム関係や相対性理論&量子論についての本を読んでました。こういうジャンル好きなのです。

以前から耳にしてはいた『シュレーディンガーの猫』の前提条件がこんなだとは知りませんでしたねぇ。ただの観測論的な空想実験ではなかったのですね。

ミクロの世界での確率論や量子論的観測、一元論、多世界解釈論。

たくさんのものに通ずる議題なのですね。




私の考えはと言うと、神はやはりサイコロを振るべきではない存在だと思っています。

他と違って、この部分だけ「確率による」なんていうのはちょっとおかしいです。不自然です。

まだ解明されていないだけで、やはりここも確定されているのだと考えます。
確率論は私は支持しません。観測の方法さえ確立してしまえば、猫の生死も確定しているということが分かると思うのです。つまり、私は『偶然などなく、すべてはこの世界が誕生したときに確定された情報から延びる必然が膨張している』という考え方の運命論を信じてます。



多世界解釈は考え方としては面白いですし、ちょっと突飛な気がしますがつじつまは合います。そうであったなら、本当に面白いと思います。しかし、事実としてどうなのかは正直な所わかりません。

空想できていることは全てありえますが、それが本当なのかは、結局のところ分かる時までわからないのです。でも、本当に浪漫のある説だと思います。



そんな感じに今は考えてますね。


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