『物語の最初と最後はいらない』ちょっとした感想。 | フラジールに蕩れ。

『物語の最初と最後はいらない』ちょっとした感想。

2015.09.21.Mon.23:36
こんばんは。



石川智晶さんの新アルバム『物語の最初と最後はいらない』が届いてから、ずっとくりかえし聴き続けています。

聴けば聴くほど好きになっていきます。




今日は曲ごとに、ちょっとした感想を書いてみたいと思います。



1.物語の最初と最後はいらない

表題曲ですね。
タイトルの意味が計りかねていたのですが、ようやくどういう意味でいらないのかということが分かってきた気がします。納得しかけてきました。


『移ろいこそが生きている物語』

この一節に、この曲の答えと言ってもいいくらいに詰まってます。




2.兄妹~aniimouto~

血のつながりがあったとしても、所詮は別の人間。到底分かり合えないことはあります。あわないなら、距離をとればいいんです。兄妹でも、誰でもそう。
無理して、「家族なのだから」とかいう通念で、逃げ場所とか隙間を埋めてしまわないでいいのです。
というか、私には妹が一人いて、一緒の家に住んでいるのに半年以上一言も口をきいていません。だから、かなり身近と言うか、一番シンパシーを感じた曲です。意識はしているけれど、見ていない。

必ずっていうほどに死角にいます。



3.水のないプール

タイトルが非常に好みです。すでに悲壮感と言うか虚無感と言うか、倦怠感があります。
歌詞もじんわりと心に水音響いていくような、染みこんでいくようなそんな印象です。



4.数字

ポップな感じで、曲調が意外に好み。こういうのもまた良いですね。
人の感情を数字に例えて、割り切れない曖昧さを肯定し、尊重するような感じですね。
まぁ厳密に言えば、感情すら数値化できるのでしょう。しかし、独りひとりの計算機は同じ式でも違う肯定を経て、答えを出すものです。だから、難しくて、楽しくて、自由なんだ。



5.landscape

歌詞がこれまた好き。風景が浮かんでくるようです。
うん・・・言葉にできないけど、好きですね。



6.物語の最初と最後はいらない~左目~

表題曲のアナザーverというか、違う視点での歌ですね。
ここらへんの視点の違いなどはこれからゆっくりと感じていきたいところですね。今は正直、まだ読み取れ切れてません。



7.ヘブンリーブルー

千利休の曲だそうです。ヘブンリーブルーは朝顔の品種ですね。

とても見事な朝顔が咲いたと言う事で千利休は豊臣秀吉を呼んで、茶会を開いたそうです。しかし、秀吉が行ってみるとアサガオはすべて切られており、一輪だけが茶室に飾られていたのです。それを見た秀吉は、一輪で侘びを表現した利休の美学に感心したという話なのですが、
しかし、「凡百のものを切り捨てていく」と歌詞にもあるように、たくさんのものを切り捨てて唯一あなたが咲いているということを利休は暗に示したのかもしれません。
さらには、いまは花開いているがそれは一時であり、午後にはその花びらを閉じるだろう。という痛烈な意味もあったのかもしれませんね。

そこらへんの両人の心の違いなども、よく表現されて創られていて、すごいなぁと改めて石川智晶さんの”汲み取り力”と表現力に感心してしまいました。





以下、リアレンジ曲ですが、三曲ともすごく大好きな曲で嬉しかったです・・・!


歌詞の意味考察シリーズも、またやりたいですね。


ではでは。このあたりで。


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