何らかの考察・吐露 | フラジールに蕩れ。

ここからだ。

2017.05.29.Mon.22:50
こんばんは。



因果応報というのは大それた言い方であり、実のところ起承転結のような、当然の結末で。


(都合の)いい方面にも、悪い方面にも、着々と流れていく。



それ自体は、もはや人間である一個人である私からすれば、自然災害というか、節理と呼ばれるものだ。



それを私の肉体は、苦痛や疲労として堆積させていくのであろうが、それこそ代謝のサイクルのひとつであるからして。

何をいいたいのかと言えば、私の本領はここからだぞということだ。


ここからだ。

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兎にも角にも、何もかもがめんどうだ。

2017.05.20.Sat.23:02
こんばんは。



写真展の準備をのそのそとしております。

まず、東京行きのバスとその往路のチケットを取り、作品をプリントし、額縁を買い、物販用のプリントを注文し、写真展の参加費を払わなければなりません。


とにかく、お金がかかる。

それが写真展なのだと感じました。


いまのところ合計すると、軽く見積もって6万円。


私からすると半端じゃない。

一ヶ月の生活費ですやん。


物販である程度売らないと北海道行きのお金が無いという背水の陣。

ポストカードが売れやすいということなので、そちらも刷りたい所存だが・・・。


いやはや、めんどうだ。

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春の嵐。

2017.04.19.Wed.23:51
こんばんは。



いやはや、とんでもない暴風で。

これは私が飛んで行くレベル。


桜も全部散っちゃうかなぁ。



今日は恒例の、バドミントンをしました。

忍者のようだ!と言われる動きで。


たしかに、正直なにか負傷でもしてない限りは「できない」と思ったことがほとんどない。

できないことは、できるかどうか迷わないので、そもそも「できない」とは思わないということもあるでしょうが。


不得意なことより、得意なことはずっと多いですね。


不得手なことは、水泳(浮かない)と音楽センス(音痴)と、人付き合い。



もう、できないことはおろか「したくない」ことってもう伸ばそうと思っても無理ですよ。

だから、誰かの推力で運んでくれる(学校とか友人のプッシュとか)でもない限りは、もう諦観の意にございます。


そして、特に人付き合いについては、そもそも伸ばしてくれる友人というものがいない。
服を買いにいく服がない状態。


でも、前よりは・・・月日やわずかの経験則のおかげでなんとかなっているのかな、


と思いきや、全然だめだったり。




自分の体のように、思う通り行かないものです。


合掌。

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存続の願い。

2017.03.29.Wed.18:40
こんばんは。




突然ですが、

『エントロピー増大の法則』というものがあります。

常に自然の物事は秩序のある状態から、無秩序な状態へと移ろうというものです。



綺麗な庭も、掃除をしなければどんどん荒れていきますよね。
自然は常にエントロピーを増大させていくのです。

これは世界の、かなり重要な法則です。




10枚とも表のコインを、テーブルを叩いてひっくり返すと、裏になるコインが増えていきます。それがエントロピー増大です。



とろこで、このままエントロピーが増大していくと、いつしか世界は終わってしまいます。


つまり、10枚中5枚のコインが裏返った状態です。一番乱雑な状態になったところです。もうこれ以上はエントロピーは増大しません。

頭打ちなので、もう変化は起きません。
変化が起きないということは、時も流れません。

これが、世界の終わりのひとつであると考えられています。




それでは、エントロピー増大を食い止める方法はないのか!

気休めかもしれませんが、あります。

それがネゲントロピーの存在です。


ネゲントロピーとは、
エントロピーが「秩序のなさ」であるとするなら、「秩序のある」ことをさします。


わたしたち人間など、生命はネゲントロピーです。生命は秩序を保って、その秩序的エンジンによって存在しています。


ネゲントロピーという秩序的存在によって、エントロピー増大を少しは食い止める働きをしているのですね。
世界の意思は、まだ長生きしたいと言っている。死にたくないと。存続したいと願っている。






植物は光合成をすることによって、ほかの動物が酸素を消費することを補って、酸素を排出します。

その酸素の部分をエントロピーに置き換えてみてください。


特に人間はネゲントロピーのなかでも、非常に濃密です。
荒れた土地を耕すのは人間です。
自然を切り開き、人工物というネゲントロピーを建立していくのも人間です。
不規則の中に規則をつくるのが人間です。

エントロピー増大の法則に、無意識にも抗うのが人間です。



海に堤防を建てるのも、ガーデニングをするのも、冬に室内で暖房をつけるのも、すべて秩序的な行動です。

ネゲントロピーがネゲントロピーを生むのは、
私の知る限り、もしかすると、人間だけなのかもしれませんね。





世界がどんどんエントロピーを増大することを補うために、私たちのネゲントロピーは存在しているのかもしれません。


そう私は歯医者の待ち時間で考えました。

生命の存在理由、意義、そう考えると、とても自然な気がします。
他にも同じようなことを考えてる人は、きっといらっしゃると思いますが。



その世界の役割の副次的な人生で、人は自分なりの存在意義を問いかけます。


私はもう問いかけることはとうにやめました。

私はひとつのネゲントロピーとして、気持ちいい塩梅に調整しながら全うするだけです。


書くのめんどいのでざっくりとした文になりましたが、以上です。


あ、長らくしていた歯医者の通院が今日で終わりました。
存続は願ってなかったけど、少しせつないですね。




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とにかくさむい。

2017.01.25.Wed.18:53
こんばんは。




とにかく寒いと震える。


はやく夏がこないかなぁ。



雪が降る確率は虹が出るくらいでもいい。

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